今回は時期外れですが、前回の自己紹介part3の続きでの予告通り、1994フィギュアスケート世界選手権取材の思い出を書いていきたいと思います。
さて、幕張でフィギュアスケートの世界選手権が行われたのは今から13年前、1994年のことでした。フィギュアスケートは今でこそメジャーなスポーツですが、当時はまだまだマイナーな部分もありました。ですが、逆にそれだけに熱狂的ファンの方々が「私たちは良い競技、良い選手を知っている」と、のめり込んで応援している様子が、会場にいるととてもよく伝わってきました。
この世界選手権はノルウェーでのリレハンメルオリンピックの約1ヶ月後に行われたので、女子シングルなどのオリンピックチャンピオンは休養のため欠場と、世間一般から見れば、やや残念な顔ぶれとなりました。
とはいうものの、男女ともに表彰台を狙う日本選手がいたこと、欠場選手がいるとはいえ海外の一流選手が集まるということで、フィギュアスケートファンの間では大会前からとても期待が集まっていたものでした。
当然、我がスポーツアイ編集部でも気合の入りようが違いました!
リレハンメルオリンピックは私一人しか現地取材できませんでしたが、今度は近場での世界大会です。編集部としては「できる限りの取材をしよう」と総出で取材する方針となりました。具体的には、編集部5人のうちフィギュアスケート担当を4人、その他の大会担当を1人と分担し、その他の大会担当1人も空いている時間があればフィギュアスケートをフォローするというものでした。
大会グラビアはもちろん、マニアックなファンに満足してもらえるような内容の濃いインタビューを行うチャンスです。いつもは、私一人で写真に取材に慌てるところも、今回4人がそれぞれに役割分担をすればかなりの取材が可能となるので、私も心強く思ったものでした。
しかし、ここで上層部からのストップがかかりました。
「スケートだけでこんなに取材費は使うのはけしからん!」
月刊スポーツアイはフィギュアスケートだけを掲載する雑誌ではなかったので、ページ構成はともかく、取材費や取材人数を極端に注ぎ込むことにストップがかかったのです。
上層部との間で話し合いの結果、「取材に行くことは自由だが、日中は社内で他の仕事をする」「余計な取材費は会社側は負担しない」ということで、話がまとまりました。
この前の東京大会でご存じの方は多いでしょうが、フィギュアスケートの世界選手権は午後から夜にかけて行われます。早朝や午前中は公式練習の時間です。
つまり、大会取材は午後から夜にかけて行い、午前中は必ず出社をしてデスクワークを行う、ということです。
実際には午前7時前後に開始する早朝の公式練習を取材し、午前9時までに出社、午後から深夜にかけて大会取材・・・という、なかなかハードなスケジュールとなりました。
この第一の条件には私も納得していました。やはり雑務はそれなりにありますし、電話の多い午前中はやはり編集部にいなければならないということを認識していたからです。特にバックナンバー注文などの書店からの電話も私たち編集部員が受けて取次用短冊の記入までを行っていたので、誰も編集部にいないことは好ましくない事態でした。
第二の条件についてははなから諦めていました。余計な取材費は負担しない、つまり宿泊費は自己負担ということです。私は自腹宿泊にもいいかげん慣れていたので、すぐに会場に近いホテルを手配しました。
自腹宿泊に慣れていたというのは、私は出張が多く、朝早い飛行機の便では、自宅からは間に合わなかったので、それまでも羽田空港や成田空港そばのホテルに自腹で宿泊していたというわけです。
まあ、おそらく、これはマスコミとしては完全に特殊な例でしょう。ですが、当時の私にとっては宿泊費の負担なんてとてもささいなことでした。大会を取材できる喜びの方が比べようにもならないほど大きかったのです!
だいぶ長くなってしまったので、続きは近いうちにまた書きたいと思います!
テーマ:会計・税務 / 税理士 - ジャンル:ビジネス


















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